チャメとグレイ2
チャメの番がきました。チャメはおそろしくてじっと流れを見つめるばかりです。
「早くとんでよ」
姉さんがおしりをつつきます。
「先とんで。わたしはいちばん最後でいい」
チャメは岸辺にうずくまりました。
仲間たちはみんな川をとびこえていってしまいました。チャメは自分もとびこえようとしました。けれども、恐ろしくて足がすくんでしまいます。
父さんと母さんは、赤ちゃんウサギを岸辺から連れていくのに何度もいったりきたりして大忙しで、チャメがまだ渡らずにいるのに
気づきません。そのうちみんなの姿が小さくなり、やがてみえなくなってしまいました。
(5)もどってきたグレイ
チャメはとぼとぼとかわいた茶色の丘をのぼっていきました。どこかに草が残っていないかさがしましたが見当たりません。チャメのおなかが
キューッと鳴りました。
チャメの耳にタタタッ、タタタッとウサギのはねる足音が聞こえてきました。足音はどんどん近づいてきます。丘のてっぺんからみると、川
をこえて丘をかけのぼってくる一匹のウサギがみえました。グレイです。
グレイは口いっぱいにくわえていた草をチャメのあしもとにパサリと落としました。
「グレイ、どうしてここに?」
「きみがひとりで丘をのぼっていくのが川向こうからみえたんだ。それで、草をくわえてもどってきたんだ」
「えっ、わたしのために?」
グレイはこくりとうなずきました。
「食べろよ」
「ありがとう」
チャメは一気に口に入れました。
「元気が出たろ。これで川がこえられるな」
「無理よ。わたしにはこえられないの。みて」
チャメは思い切り走ってジャンプしました、数センチしかとび上がれません。
「これじゃ川に落ちちゃうでしょ。……もういいの」
チャメはすねたようにグレイにおしりを向けました。
「あたしのことなんかほおっておいて、さっさと川向こうで暮らしたらいいのに」
「そんなことできない。きみが川をこえられないんだったら、ぼくもここにいる」
「そんなことしたら、うえて2匹とも死んでしまうじゃない」
「だいじょうぶ。きっときみは川をこえられるようになるから。それまで、ぼくは毎日何度でも草を運ぶよ」
グレイは、丘をかけおりていきました。
(そんな大変なことできるわけない。グレイは、きっとそのうちいやになって川向こうで暮らすようになるにちがいないわ)
チャメはグレイの言葉が信じられませんでした。
ところが、次の日もその次の日もグレイは川向こうに出かけていって、草をくわえてもどってきました。一日に何度も往復して、かなり
疲れているようすです。どんどんやせていくグレイをみてチャメはだんだん不安になってきました。
「グレイ、草食べてるの? わたしはもういいから、あなたが食べてよ」
「だいじょうぶ、ちゃんと食べてるから」
グレイはひげをプルルとふるわせました。
ある日、朝早く草を取りに出かけたグレイがなかなかもどってきません。チャメは心配で丘をのぼったり、おりたりしていました。夕方になっ
てグレイはやっともどってきました。ふらふらとした足取りでチャメのところまでくると、草を置いてばったりと倒れてしまいました。
「遅くなってごめん。川向こうの草は羊に食べられちゃって、ずっと遠くまでいかないと草がなかったんだ」
チャメはぺしゃんこなグレイのおなかをみてびっくりしました。
「グレイ、あなた、ずっと何も食べてないんでしょ。わたしにばかり草を運んで……」
チャメの目からポトリと涙が落ちました。
「草を食べると眠くなって、チャメのところへ草を運べなくなっちゃうから……」
「バカね。このままじゃグレイが飢えて死んじゃうじゃない」
「チャメ、ごめん。これじゃ明日草を取りにいけないかもしれない……」
チャメはグレイの持ってきた草を口に入れると、かみくだいてグレイの口に移し入れました。それを最後に食べるものが何もなくなってしまいました。
それから3日間、2匹は体を寄せ合って丘の上に寝ころんでいました。しゃべる元気もなく、1日中うつらうつら眠って、おいしい草をほおばる夢ばかりみていました。
(5)思わぬ出来事
「このまま死んでしまうのね」
ふと目覚めて、チャメがつぶやきました。
「ぼくらは死なない。きっと助かる」
グレイは前足をチャメの前足の上に重ねました。
チャメの耳に地響きが聞こえてきました。ズーンと腹の底に響くような不気味な音です。
「グレイ、地面から何か音がする」
「えっ、何の音? ぼくには聞こえないけど……。とにかく、丘をおりよう」
2匹は力をふりしぼってよろよろ丘をおりていくと、グラグラと大地がゆれました。ようやくふもとに着いてふりかえると、地面がぱっくり
と割れるのがみえました。
「あの木のところまで逃げよう」
グレイはふもとに生えている樫の木にチャメを導きました。木の根元近くに穴があいていました。
チャメとグレイは木のうろに入って身を寄せました。
ゴゴーと地鳴りがしてものすごいゆれがおそってきました。2匹がかくれた木はユサユサと大きくゆれましたが、倒れませんでした。
あたりが静まり返ると、おしそうなにおいがしているのに気づきました。みると、穴の中に緑のこけがびっしりと生えていました。
チャメとグレイはやわらかいこけを夢中で食べました。こけは弱っていた2匹の体を元気にしてくれました。
おなかがいっぱいになって、2匹が外に出ると、パーッと日の光が目にとびこんできました。
チャメとグレイはまぶしくて目をシパシパさせました。
目が慣れてくると、青空が大き
く広がり、いつもと違う広々とした大地がみえました。丘がくずれてなくなっていたのです。
丘の向こうにあったはずの川は土砂でせき止められています。
「やったー! チャメ、これで川向こうにいけるよ!」
グレイがさけびました。
(七)川をこえて
チャメとグレイは、川だったところを楽々渡ることができました。
「ぼくがいったとおりになっただろう。ぼくらは必ず助かるって」
グレイはふりかえっていいました。
「でも、どうしてそう思えたの?」
「おじいさんと約束してたからだよ」
「おじいさん?」
「ぼくは耳が短いことで仲間にいじめられていたんだ」
「えっ、グレイもいじめられていたの?」
チャメは耳をピクッとふるわせました。
「うん。それでたったひとりで川をこえてさまよっていたんだ。そんなとき、とってもやさしい人間に出会ったんだ」
「それがおじいさんね」
「そうだよ。おじいさんはいったんだ。お前は大切なウサギだって。お前のことを選んだから、ウサギ丘にいってお嫁さんを連れて
もどってきなさいって」
「お嫁さん?」
チャメはきょろきょろあたりを見回して、だれもいないことがわかるとはっとしました。
「お嫁さんって、もしかしてわたしのこと?」
「そうだよ、チャメ」
「足が短くてダメウサギのわたしをどうして選んだの?」
「きみはダメウサギなんかじゃない」
「でも、わたし弱虫だし……」
「弱くたっていいんだ。そのままでいいんだよ。……それに……それにぼくは、チャメのことが好きだから……」
グレイは照れくさそうに前足で顔をなでました。
「グレイ……」
チャメはグレイのわき腹に鼻をすりよせました。
ザック、ザックと足音がして、向こうから白いひげのおじいさんがやってきました。
「待っていたよ。さあ箱舟に乗ろう」
おじいさんは両手を伸ばして2匹のウサギを抱き上げ、いとおしそうにほおずりしました。
おわり
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